大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

山口地方裁判所船木支部 事件番号不詳 判決

主文

被告は原告に対して金拾万円及び之に対する昭和二十四年四月十一日以降完済に至る迄年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

本判決は第一項掲記の部分について原告に於て担保として金参万円又は之に相当する有価証券を供託する時は確定前仮に執行する事が出来る。

事実

第一、原告の主張事実並に被告の抗弁に対する反駁

原告代理人は請求の趣旨として主文第一、二項同趣旨の判決並に担保を条件とする仮執行の宣言を求め其の請求原因として次の通り陳述した。

被告は昭和二十四年二月十四日訴外松山伸道に宛て額面金拾万円、支払期日同年四月十日、支払地宇部市、支払場所株式会社山口銀行宇部支店、振出地宇部市なる約束手形一通を振出したが之を右松山伸道は訴外佐伯正一に、更に右佐伯正一は原告に夫々裏書譲渡し原告は該手形の所持人となつた。そこで原告は株式会社芸備銀行に対し之が取立委任を為した結果同銀行は右支払期日に至り右支払場所に於て被告に対し右手形を呈示し之が支払を求めたところ被告は「本手形御提出相受候処拙者直接交渉可致に付一先御返却相成度候也」との附箋を附して之が支払に応じなかつた為該手形は原告に返却されたので原告は右手形金額拾万円及右支払期日の翌日たる昭和二十四年四月十一日以降完済に至る迄年六分の割合による商事法定遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだ次第である。

次に原告代理人は被告代理人の抗弁に対し次の通り反駁した。

原告は昭和二十四年四月七日に本件約束手形を取立て委任の為株式会社芸備銀行に対し裏書譲渡し同銀行は該委任に基づき支払期日なる同月十日、支払場所たる株式会社山口銀行宇部支店に於て報告に該手形を呈示し之が支払を求めたところ被告は前記の如き附箋を附して之が支払に応じなかつた為右芸備銀行は同月十八日に至り該手形を被告の手許に返戻した結果原告は爾来其の所持人として直接被告に対し之が支払を求めてきたのである。尚同月末頃原告は養子兼久治を被告の許にやり原告が本件手形を割引き取得した事情を述べて之が支払を請求した際被告は言を左右にして之に応じなかつたが当時被告は原告が其の所持人たる事はよく承知して居り其の点について何等の争がなかつた事は甲第二号証の一、二の各記載に徴し明かである。原告の株式会社芸備銀行(現在の株式会社広島銀行)に対する本件手形の裏書譲渡は形式上は単純裏書になつて居るがそれは手形割引の為に為したものではなく単に同銀行に本件手形金の取立をして貰うべく委任を為したに過ぎないものであつて事実上は取立委任裏書と看做さるべきものである。元より裏書人たる原告に於ては被告裏書人たる右銀行に本件手形上の権利を譲渡する意思はなく只同銀行に右権利を行使する資格を与へんと欲したるに過ぎないものであり同時に被裏書人たる右銀行も本件手形上の権利を取得する意思なく原告の委任に基づいて之が取立をなしたのであるが被告から前記の如く「直接原告と交渉する」旨の附箋を本件手形に附して其の支払を拒んだので直ちに該手形を原告に返還したのが事実の真相であり右事実は証人山内豊成、同兼久治の各証言に徴し明瞭である。而して右の如き手形裏書形式は手形取引上屡々見るところであつて所謂隠れたる取立委任裏書と称せられるものであり形式上は何等目的の附記なき通常の譲渡裏書となつて居るが実質上は取立委任裏書であり裏書人には被裏書人に手形上の権利移転の意思なく只これに該権利行使の権能を附与するのみであるから仮令形式上は通常の譲渡裏書であつても手形上の権利は被裏書人に移転することなく依然として裏書人に存するものと看做されるのである。従つて被裏書人に於て手形金の取立不能のため該手形を裏書人に返還し裏書人を所持人とするには改めて戻裏書の形式を取る要なく裏書人に於て何時にても自ら該譲渡裏書を抹消して其の所持人たる資格を回復することを得るのであつて戻裏書がないからとて其のために裏書の連続を欠くものとは謂はれないのである。(大審院大正十二年(オ)第五九号判決参照)尚被告代理人は「手形上に於ける権利関係は手形の文言のみによつて決すべきもので本件手形の裏書には何等目的の附記がないから被裏書人たる芸備銀行が手形上の権利者であつて原告が適法なる行為によつて右銀行から手形を取得しない限り単に手形を所持して居るからとて何等手形上の権利を有すべきでなく換言すれば原告は裏書の連続によつて手形を取得して居るものでないから原告は被告に対して手形上の権利を有しない」との旨抗弁するが右は所謂信託裏書説の見地に立つものであつて吾国に於ける学説並に判例に於て之を肯定するもの多きは否定し得ざるところである。而して隠れたる取立委任裏書の法律上の性質については信託裏書説と資格授与説の両説があつて前者を肯定するもの多きは前叙の如くであるが同時に独逸帝国裁判所の判例や同国の学説は後者を支持し吾国に於ける判例も之に従う傾向であつた。(大審院大正十五年(オ)第三一一号判決同昭和五年(れ)第九四一号判決等参照)原告代理人も後者の妥当なるを信じ此の見解に基づいて前記の如く主張するものである。原告は右に述べた如く本件手形の所持人であり該手形上の権利者であるから前記隠れたる取立委任裏書を抹消するの要はないと考えるが念の為昭和二十六年一月三十一日被裏書人たる株式会社芸備銀行と協議の上之を抹消した次第である。

第二、被告の答弁事実並に原告の再抗弁に対する反駁

被告代理人は原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求めその答弁として次の通り陳述した。

原告代理人の主張事実中被告が昭和二十四年二月十四日訴外松山伸道に其の主張の如き約束手形一通を振出したこと並に該手形が右松山伸道から訴外佐伯正一に、更に右佐伯正一から原告に夫々裏書譲渡せられたことは認める。而して被告が右松山伸道に本件手形を振出した理由は次の通りである。即ち昭和二十四年二月十四日被告は同人から同年四月十日迄に持参する約定で双軒庵入札目録一通、竹田翁筆老松画軸物一幅及び小虎画伯筆青緑花鳥画軸物一幅を代金拾万円で買受くる旨約し現金支払に代えて額面金拾万円、支払期日同年四月十日の本件手形を同人宛に振出したが右の様な事情からして之を他え裏書譲渡しないことを条件として之を同人に交付したのであつた。然るに右松山伸道は同年三月初頃被告に引渡すべき右物件を訴外吉田保一方に持参し之を担保として金八万円を借受けたが期限迄に返金しない為該物件の引渡を受ける事ができず結局被告方に持参する事が不能となつたのに拘らず一方右松山伸道は同年三月初頃知人である古物商佐伯景郷に対して一切の事情を明かして本件手形を交付し更に右佐伯景郷は予て親交のある同業者の原告に総ての事情を打明けて之を原告に交付したものであつて三者は緊密なる連絡の下に本件手形金の取立を計画したものであり従つて原告は本件手形の悪意の取得者たる事は明らかである。而も三者は右計画を正当化する手段として訴外佐伯正一なる人物を登場させた上松山伸道は同人を知らず従つて同人に本件手形を裏書譲渡する意思並に事実がないのに拘らず同年三月十日前記の如き裏書譲渡行為をなし更に同人は原告と何等の取引関係なく従つて原告に該手形を裏書譲渡する意思並に事実がないのに拘らず同年三月十五日前記の如き裏書譲渡行為をなしたものであつて右各譲渡行為は何れも仮装のものであり、従つて原告は本件手形の真正なる所持者とは謂ひ得ないものである。要するに本件手形は被告に於て右松山伸道から詐取せられたものであつて原告は右事情を知悉したる悪意の取得者であり且つ仮装の裏書譲渡に依る所持者であるから被告は原告に対し本件手形金支払の義務なきものと謂うべく到底本訴請求に応ずる事は出来ないのである。

次に本件手形は被告より訴外松山伸道に宛て振出され之が右松山伸道より訴外佐伯正一に、次いで右佐伯正一より原告に夫々裏書譲渡せられ原告が其の所持人となつた事は前叙の如くであるが原告は更に該手形を日附を記載せずして株式会社芸備銀行に裏書譲渡して此れを交付した結果同銀行は支払期日に至り支払場所に於て被告に対し之を呈示して手形金の支払を求めたところ被告に於て其の支払を拒絶したことは争はない。而して原告代理人は原告より右銀行えの本件手形の裏書譲渡は取立委任の目的の下に為されたものであると主張するけれども該手形を観ると取立委任の為に裏書譲渡をなしたりとの形跡を認めることは出来ず単純なる裏書譲渡であることは明瞭である。元来手形上に於ける権利関係は手形の文言によつて権利を有し義務を負ふべきものであつて手形の文言以外に於て其の権利義務を定むべきでない事は手形法上異論のないところである。本件手形は原告から右銀行に単純に裏書譲渡せられ同銀行は被告に対し之を呈示して手形金の支払を求めたことは前叙の如くであるから同銀行は本件手形の権利者であることは右法理に照らし疑なきところである。されば原告は適法なる行為によつて右銀行から本件手形を取得するのでなければ之に対し権利を有すべき理由なく単に該手形を所持して居ると言つてもその権利を主張すべき謂れはなく換言すれば原告の本件手形に対する所持は裏書の連続によるものとは謂ひ得ないものである。要するに原告が単なる取立委任でなく本件手形を割引する為に右銀行に裏書譲渡を為したることは乙第一号証の二の「小生割引先に云々、先方に於て請求の手続を致し候如く聞き及び候」なる文言に徴しても明かである。仮に原告代理人主張の如く原告と右銀行との問に於ける本件手形の裏書譲渡が取立委任の目的の下に為されたものとしても該手形面には前叙の如くその文言がないのでそれは単に原告と同銀行間に於ける特別の合意と認めるの外なく手形上の問題と看做すべきではないから斯る特別の合意を以て手形上の効力即ち権利義務の発生を規律することを得ないものと謂べく何れにしても原告は本件手形の適法なる所持人として被告に対しその権利を主張し能はざるものである。

更に被告代理人は原告代理人の再抗弁に対し次の通り反駁した

原告代理人は被告は「原告と直接交渉する」旨の附箋を附して株式会社芸備銀行の取立請求を拒否した旨主張するが右附箋には単に直接交渉する旨の記載はあるが原告と直接交渉する旨の記載なく之を以て原告を本件手形所持人と認めたものと謂ひ得ない。被告は当時原告が本件手形債権者なることは知らず従つて原告の養子兼久治が被告方を来訪した際も或は原告が右債権者ではなからうかと軽信したに過ぎないものである。尚被告が同人と交渉した際被告は若し訴訟により本件事件を争う時は相当の費用を要するから之を支出する代りに本件手形金の一部を負担すべき旨申出たことはあるが之は断じて原告を本件手形債権者と認めた趣旨ではないのである。次に原告が株式会社芸備銀行に対する本件手形の裏書は其の目的が取立委任の為であるとしても之を手形面に附記せず完全なる譲渡裏書即ち所謂隠れたる取立委任裏書であつてそれは単に裏書人たる原告と被裏書人たる右銀行との間に於ける人的関係に過ぎないのであるから第三者たる被告に対する関係に於ては完全なる譲渡裏書の効力を生ずべきものであり原告は第三者たる被告に対しては手形上の権利を主張する能はざるは手形法上明かであつて之は被告代理人に於て屡述した通りである。詳言すれば裏書の目的が仮令取立委任の下になされたりとするも之が手形の文面に表示せられざる以上裏書の効力を制限して被裏書人たる右銀行は手形債権取立の権限を附与せられたるに止り手形上の権利を取得することは出来ないとする理由は存しないのであり即ち右銀行は完全なる手形上の権利を取得するものと謂うべきであることは吾国に於ける判例の示す通りである。(大審院大正十四年(オ)第五九号同年七月二日判決、同昭和五年(オ)第三六二号同年九月十七日判決、同昭和八年(オ)第二、五六五号昭和九年二月十三日判決等参照)以上の如く隠れたる取立委任裏書は裏書当事者間に於ける単なる人的関係であつて之を以て第三者に対抗する事の出来ないものであり本件手形上の権利は完全に右銀行に移転するものと謂うべきであるから原告が更に之を取得するには右銀行から改めて戻裏書又は後裏書を受けなければならないことは明かである。然るに原告代理人は「原告と右銀行との間に於ける裏書は形式上譲渡裏書となつて居るが実質上は取立委任の目的の下になされたる隠れたる取立委任裏書であるから原告は依然として本件手形上の権利を有し右銀行には之が移転の効力を生じないものと謂うべく従つて右隠れたる取立委任裏書を抹消するの要はないと考えるが念の為昭和二十六年一月三十一日之を抹消して完全に原告に本件手形上の権利資格を回復し裏書の連続を欠く事なきに至らしめた」と主張するが被告代理人に於て屡述する如く手形は形式証券であつて手形の文面を離れて手形上の権利の存在を認めることは出来ないものであるから原告は本件手形の裏書譲渡によつて該手形上の権利を喪失し右銀行が之を取得したものと謂うべく斯る場合に原告は右銀行から戻裏書又は後裏書を受けることによつて之を回復するのが原則であるが原告代理人主張の如く右の如き裏書方法によらずして原告と右銀行との間の裏書を抹消して裏書の連続を計り其の目的を達することも亦可能である。併し乍ら裏書の抹消によつて裏書の連続を計り手形上の権利を回復せんとした場合に於ても原告代理人主張の如く常に必ずしも画一的に完全に手形上の権利が回復すべきものではなく場合を区別して観察しなければならないと信ずるものである。即ち(一)裏書に瑕疵があつて無効若くは取消のため裏書が抹消せられたる場合に於ては初めから裏書はなきものと看做され手形上の権利は完全に被裏書人から裏書人に回復せられ裏書の連続も亦缺くるところなきに至るものと謂うべきである。(二)然るに原告から右銀行になされたる本件手形の裏書は原告は元より右銀行に裏書譲渡をなす意思を以て何等の目的を附記せずして単純になされたものであるから勿論之を無効とすべき理由はなく取消を受くべき瑕疵も存せず従つて(一)の場合に該当せざることは明かである。而して原告のなした本件手形の裏書抹消は如何なる効力を発するかを考えて見ると原告が右裏書の抹消行為によつて本件手形上の前者よりの被裏書人と認められ該手形裏書の連続を欠くことなしと認められるに至ることは当然であるけれども該裏書抹消の効力発生時期は抹消のなされた日と見るべきは当然であり即ち原告は抹消のなされた日に前者より本件手形上の権利譲渡を受けたものと認められるのであつて之裏書の抹消による手形の交付が戻裏書、後裏書又は白地裏書による手形の交付と同様に手形権利の移転に関する方法として認められる当然の結果と謂うべく右法理は「裏書人が再び手形上の権利を譲受くるに当りては戻裏書の方法によることを得べきは元より原則であるが裏書人は以後に於ける裏書の抹消により其の目的を達することを得るのであり云々又裏書の抹消による譲渡を禁じたるものと解するを得ないものとする云々、更に裏書の抹消による手形の譲渡が如何なる原因に基くものであるかは其れに手形上の権利の移転を認める以上特に判示を要する事項でない」とする判例(大審院昭和八年(オ)第一九一号判決)の趣旨に徴して明かである。而して原告が右銀行に対してなしたる本件手形の裏書譲渡を抹消したのは原告代理人主張の如く昭和二十六年一月三十一日であるから原告は同日に於て前者から本件手形上の権利譲渡を受けたものと認められることは右法理に照し明かであるが右は本件手形の支払拒絶証書作成期間経過後であるから原告に対する本件手形の裏書抹消による権利移転は指名債権の譲渡と同一なる効力を有するに過ぎないものと謂うべく従つて被告は原告に対して本件手形に基づく一切の人的抗弁を主張し得べき権利を有することは明かであつて右は「手形の裏書抹消の結果原告は権利を回復し曾て裏書がなかつた場合と同一に認められたならば被告は第三者の立場として有する前記抗弁権を不当に害せられるに至るであろう」とする判例(大審院昭和七年(オ)第二、八〇九号昭和八年六月二十八日判決)の趣旨からして明かである。従つて被告は原告に対し「本件手形は被告が訴外松山伸道に宛て同人が双軒庵入札目録一通、竹田翁筆老松画軸物一幅及び小虎画伯筆青緑花鳥画軸物一幅を被告方に持参すれば支払うべき旨を条件として振出されたものであるが右松山伸道は其の後之を他に売却した結果被告方に持参することは不能になつたものであり結局本件手形は被告に於て同人から詐取せられたものである」との前記抗弁を原告に対し主張せんとするものである。以上の理由により被告は原告に対し本件手形金支払の義務なく本訴請求は失当なることは明かである。

第三、(立証省略)

理由

被告は昭和二十四年二月十四日訴外松山伸道に宛て額面金拾万円、支払期日同年四月十日、支払地宇部市、支払場所株式会社山口銀行宇部支店、振出地宇部市なる約束手形一通(甲第一号証)を振出したこと並びに之を右松山伸道が訴外佐伯正一に、更に右佐伯正一が原告に夫々裏書譲渡し原告が其の所持人となつたことは何れも当事者間争なきところである。然るに被告代理人は「本件手形は被告が右松山伸道から軸物類を受取ることを条件として同人宛に振出したものであり従つて之を他に裏書譲渡しないことを条件としたものであつたが右松山伸道は該物件を他に処分し被告に引渡すことが不能となつたのに拘らず同業者である訴外佐伯景郷及び原告と共謀して被告から本件手形金の取立を計画し前記の如き仮装の各裏書譲渡行為をなしたものであつて原告は本件手形に関する右事情を知悉せる悪意の取得者であり且つ仮装の裏書譲渡による所持者である」旨抗弁するので考えて見ると証人松山伸道(第一回及び第二回)、同佐伯正一、同佐伯景郷、同兼久治(第一回)同栗田義雄の各証言に原告本人兼久芳助尋問の結果を綜合すると訴外松山伸道は昭和二十四年二月十四日被告より骨董品三点(双軒庵入札目録一通、竹田翁筆老松画軸物一幅及び小虎画伯筆青緑花鳥画軸物一幅)の買受方を依頼せられ現金支払に代えて本件手形を受取つたところ該物件の持主たる訴外花田某より該手形の受取方を拒絶せられたので其の代金を得る為該物件を訴外吉田保一方に持参し之を担保として金八万円を借用したが其の帰途同年三月初旬頃島根県津和野町上田旅館に立寄つた際訴外佐伯景郷、栗田義雄、曲里恵助及び石本省二等との間にお互の骨董品を交換する話が成立し計算の結果右松山伸道より右佐伯景郷等に約金拾万円を支払うこととなつたが右松山伸道は当時現金がなかつたので其の代りに右佐伯景郷に本件手形を交付する旨申出たところ右佐伯景郷は且つて被告振出に係る手形を原告に割引して貰つたこともあつたので右栗田義雄等と相談の上直ちに他に割引するも差支へなき旨の諒解を得て之を承諾し該手形を受取つた上原告に対し之が割引方を頼んだところ原告から訴外佐伯正一の裏書方を要求せられたので同人の諒解を得て同人にその裏書人となつて貰い原告から金九万五千円を受取つて本件手形を交付した結果前記の如く右松山伸道から右佐伯正一に、更に右佐伯正一から原告に夫々裏書譲渡がなされた事実を認めることが出来る。証人松山伸道(第一回及び第二回)の証言中右認定に反する部分は信用し難く他に之を覆すべき証拠は存しない。

されば右佐伯景郷及び原告等は本件手形振出に関する被告と右松山伸道間の前記人的関係については全く関知しなかつたことは明かであり且つ前記各裏書譲渡行為は真正になされたもので原告は本件手形の正当なる所持人たることは当然であるから被告代理人の前記抗弁は到底採用し難きものと謂はなければならない。

次に原告が本件手形を株式会社芸備銀行に対して裏書譲渡したこと並びに同銀行が支払期日に支払場所に於て被告に対し該手形を呈示し之が支払を求めたところ被告に於て「本件手形御提出相受け候処拙者直接交渉致可候に付一先御返却相成度候也」との附箋を附して之が支払に応じなかつたことは何れも当事者間争なきところであるが証人山田豊成、同兼久治(第二回)、原告本人兼久芳助の各供述に成立に争なき甲第二号証の一、二の記載を綜合すれば原告は昭和二十四年四月七日割引の目的でなく手形金取立の為に右銀行に対し本件手形を裏書譲渡したところ同銀行は前記の如き経緯により被告からその支払を拒絶せられたので同月十三日に至り該手形を原告の手許に返戻した結果原告は爾来其の所持人となつた事実並びに原告の息子兼久治が同月十七、八日頃被告に対し本件手形金の請求をした際にも原告が該手形金の所持人たることを争はずに減額の交渉をして居り又同年六月十日附で被告が原告に出した手紙に於ても該事実を認めて居る事実を夫々認定することが出来る。成立に争なき乙第一号証の一、二の記載は前記証人兼久治(第二回)の証言に徴すれば右認定を覆すべき資料となし難く他に之を左右するに足る証拠は存しない。併しながら原告の右銀行に対する本件手形の裏書譲渡が右認定の如く取立委任の目的の下になされたものとするも形式上は単純なる裏書譲渡であることは甲第一号証の記載に徴して明かであつてそれは手形法第十八条に規定する「回収のため」「取立のため」等委任を示す文言を記載したる真正の取立委任裏書に対し講学上隠れたる取立委任裏書と称せられるものであり右は手形法上規定なしとするも取引の実際に於ては頻繁に行われるところであつて且つ吾学説並に判例に於ても早くから其の有効なることを認められていたものであるが其の法律上の性質については争のあるところである。

原告代理人は「隠れたる取立委任裏書に於ては形式上は何等目的の附記なき通常の譲渡裏書となつて居るが実質上は取立委任裏書であり裏書人には被裏書人に手形上の権利移転の意思なく只之に該権利行使の権能を附与するのみであるから形式上は通常の譲渡裏書であつても手形上の権利は被裏書人に移転することなく依然として裏書人に存するものと看做される(所謂資格授与説)」と主張するに対し被告代理人は「元来手形上に於ける権利関係は手形の文言によつて権利を有し義務を負うべきものであつて裏書の目的が仮令取立委任の下になされたりとするも之が手形の文面に表示せられざる以上裏書の効力を制限して被裏書人は手形債権取立の権限を附与せられたるに止り手形上の権利を取得することは出来ないとする理由は存しないのであり即ち被裏書人は此の場合完全なる手形上の権利を取得すると謂うべきである(所謂信託裏書説)」と反論するので考えて見ると前者は手形の内容に重きを置くに反し後者は手形の外観を重要視するものであり何れも有力なる学説の支持を受け判例に於ても帰せざるところであるが当裁判所は「取立委任の目的にて通常の裏書をなしたる場合に如何なる権利関係を生ずべきかは当事者の意思如何によるべきであり若し当事者の意思不明なるときには自己の名を以て権利を行使し得る権能を与えたものと推定するを相当とする」との判例(大審院昭和十五年(オ)第三一一号同年六月一日判決)の見解に従うものである。蓋し隠れたる取立委任裏書を有効と認める以上之を真正の取立委任裏書と区別すべき理由なきのみならず斯く解するを以て裏書当事者の意思に合致し且つ何等手形債務者を害することなきものと思料せられるからである。(尚信託裏書説に従うとするも裏書人から被裏書人に移転する手形上の権利は完全なるものでなく前者の人的抗弁を以て対抗せられる不完全なものであることは学説判例共に一致するところであり斯くては実質に於て資格授与説と径庭なきものと認められる。)而して原告より株式会社芸備銀行に対する本件手形の裏書譲渡が通常の裏書方法即ち割引のためではなく単に手形金取立の目的の下になされたことの前記認定により明かであるから該裏書譲渡により本件手形の権利関係は移動することなく原告は依然として其の権利を保有し右銀行は原告より単に本件手形金取立の権能を授与せられたるに過ぎざる事前記説示に徴し明白でありされば信託裏書説に立脚し原告より右銀行に対する隠れたる取立委任裏書によつて同銀行は本件手形上の権利を取得したるものとなす被告代理人の見解は到底採用するに由なきものと謂うべきである。

次に隠れたる取立委任裏書による被裏書人が手形金取立の目的を達しなかつたため之を裏書人に返還したる場合に於ては裏書人は改めて被裏書人をして戻裏書の形式を取らしめる要なく裏書人に於て何時にても自ら該裏書譲渡を抹消してその所持人たる資格を回復することを得るのであり戻裏書がないからとて其のために裏書の連続を欠くものとは謂い得ないことは隠れたる取立委任裏書によつては手形上の権利移転を生じないとする立場に立つ以上当然であるが原告から本件手形の裏書譲渡を受けた右銀行は被告より手形金の支払を拒絶せられたため之を原告に返戻したことは前記認定の如くであり且つ原告が昭和二十六年一月三十一日同銀行と協議の上該裏書譲渡を抹消したことは甲第三号証の記載に徴し明かであるから原告は名実共に本件手形上の権利を回復し其の所持人として手形債務者に対する権利を行使し得るに至つたことは前記説明に照らし明瞭と謂はなければならない。然るに被告代理人は裏書の抹消による権利移転は戻裏書又は後裏書と同じく之がなされた日に発生すると見るべきは当然であつて原告のなした前記裏書の抹消行為は支払拒絶証書作成期間経過後になされたものであるから被告は前者(即ち訴外松山伸道)に対する人的抗弁を以て原告に対抗し得る旨抗弁するけれども右は信託裏書説の立場から隠れたる取立委任裏書により裏書人から被裏書人に手形上の権利移転を生じ其の抹消により改めて裏書人の前者から裏書人に新たなる権利移転が生ずるとなす前提に立つものであるが右見解は到底採用するに値しないものと謂えよう。

以上により本件手形の債務者たる被告は其の正当なる所持人たる原告に対し該手形金拾万円及び之に対する支払期日の翌日たる昭和二十四年四月十一日以降完済に至る迄年六分の割合による商事法定遅延損害金を支払うべき義務あるものと謂うべく其の支払を求める本訴請求は正当であるから之を認容し訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を、返執行の宣言については同法第百九十六条を各適用して主文の通り判決する次第である。(昭和二六年九月三日山口地方裁判所船木支部)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!